こんにちは。1.5年目プログラマーの朱です。
僕がどういう経緯でプラチナゲームズに入社したのかについては、前回の記事で語りましたので未読の方はどうぞ。今回は、僕が入社したあとに取り組んだことについて紹介します。


皆さんは「ライトニングトーク(Lightning Talks、LT)」をご存知でしょうか。カンファレンスで行われる講演は大体30分〜1時間を要しますが、LTは5分以内で講演します。名称こそ違うものの、GDC(Game Developers Conference)では「Microtalks」や「Rant」など、講演者が5分間でプレゼンするセクションが毎年開催されています。

プラチナゲームズでは、去年から社内LTが立ち上がりました。毎週木曜日の昼休みに社員が集まり、LTを聴講したり発表したりする催しです。「このネタで発表したい!」と事前に声を上げておけば、誰でも登壇できます。話の内容は、ゲーム制作のノウハウやカンファレンスのレポート、サークルの活動報告、個人の趣味など、なんでもありです。これまでにも運動やダイエット、ボードゲーム、日本史、宝塚歌劇などなど、幅広いテーマが取り上げられてきました。

そして僕自身も社内LTで何度も登壇しています。「ゲーム史に残る名記事」「ゲーム書籍を語る!」「皆さんに聞いてほしいゲーム関連講演」といったシリーズ物で、僕が気に入った記事・書籍・講演を紹介してきました。新人でも気兼ねなく、好きなトピックを社員の皆さんに発信できるのは嬉しい限りです。

社内での登壇経験を活かして、社外の講演会でも登壇してみました。2017年12月9日に行われた「Game Gatling LT(GGLT)」というイベントで、大阪で開催されました。職種・経験年数を問わず、関西のゲーム開発者たちが百人以上集まり、LTを通して交流しました。学生とベテランを含めた百人以上のゲーム業界関連者に向けて講演できるのは、新人にとって願っても無い大舞台でした。

GGLTで登壇前の筆者(代理)です

僕の講演内容は全てのゲームクリエイターに向けたものです。ゲーム業界を目指す皆さんにもシェアしたいので、ここで記載します。


皆さんは、ゲーム開発って楽しいと思いますか?

「ゲームクリエイターは夢の職業ですから、楽しいに決まっているでしょう!」と、ゲーム会社に就職したばかりの僕はそう思いましたが、実際に一年間ほど働いた今、辛いと感じることが多いです。

バグ修正に追われたりスケジュールに間に合わなかったり仕様変更のせいでせっかく作った物が無駄になったり、ゲーム開発には辛いことが多いです。ですが、辛く感じるのは自分のせいなのか? 自分が下手だから仕事が辛いのではないか? 辛いならどうすればいいのか? 他の人は辛くないのか? 新人として働いて、いろんな苦悩と不安がありました。

ですが、悩んだところでアドバイスはなかなか見つかりません。ゲーム開発者向けの技術書は出回っていますし、CEDECをはじめとしたゲーム開発者の勉強会は盛んになっています。ですが、これらの書籍や勉強会で共有されるものは殆ど技術やノウハウであり、ゲーム開発者の精神面が語られることはごく稀です。

ゲーム業界については、まだ語られていないことが多い。イギリスに住んでいるゲーム開発者と話したことがある。前職が金融業界だった彼は「ゲーム会社は銀行よりも不透明だ」と言った。

There is so much about the game industry that isn’t talked about. A developer I talked to who lives out in the UK, he used to work in the financial sector and banks are more transparent than game companies, that’s what he told me.

David Wolinsky, Gotland Game Conference 2016(日本語訳と太字は筆者による)

ゲーム開発者は他業者にしか率直に語らない。ゲーマー文化はあまりにも敵意に満ちているので、公の場で率直に語るのは危険だ。

The caveat is that we’re only candid with other industry people. Because gamer culture is so toxic that being candid in public is dangerous.

Charles Randall(日本語訳と太字は筆者による)

ゲーム開発者は会社から厳しい守秘義務を課せられます。その上、ネットは煽りや荒らしに満ちていますので、ゲームクリエイターは自分の仕事について語りたくても、安心して語れるような環境はありません。ゲーム作りの技術の共有こそするものの、ゲーム開発者が自分の感情と心境を率直に語ることは珍しいのです。

そこへ登場したのが、2017年9月に発売された「Significant Zero: Heroes, Villains, and the Fight for Art and Soul in Video Games(以下、SigZeroと表記)」です。本書の著者はWalt Williams氏です。アメリカのゲーム業界で10年以上活躍したベテランのシナリオライターであり、『Spec Ops:The Line』や『BioShock』シリーズといった名作の制作に携わりました。本書はWalt Williams氏がゲーム業界に入職するまでの経緯とゲーム業界での見聞と経歴を記した自伝です。

本書とは一体どういう本なのか。一節を抜粋してお見せします。

両腕は何週間も感覚を失っていた。いよいよ心配になる。ストレスと筋肉の緊張によるものではないかと、同僚が言う。そうかもな。ここに転居して以来1日も休んでいないし……

同僚のアドバイスに従って、週末にマッサージ施術を受けた。ある程度の効果があった。まだ麻痺しているが、感覚が戻り始めている。同僚の意見は正しかったかもしれない。

あの日の空は曇っていた。家に歩いて戻る途中、ついに雨が降ってきた……雨に洗われる無人の街を眺めるうちに、これまでにない孤独感を感じた。立っていられないほどに泣き崩れた。両手で顔を覆いながら泣き叫ぶ俺は、この三ヶ月間で唯一他人に触れたのが先のマッサージだったと気付いたのだ。

My arms had been numb for weeks. I was starting to get worried. Xander believed the numbness was probably due to stress and tight muscles. It seemed plausible; I hadn’t taken a day off since I started living there…

On Xander’s advice, I scheduled a massage for that Saturday. It worked, to an extent. Afterward, my arms were still numb, but feeling was beginning to return to my hands. Maybe my friend had been right about the tight muscles….

The sky that day was overcast. As I walked home to my apartment, the clouds finally opened and began to rain… I watched rain fall on an empty street and felt more alone than I ever had. I began to cry so hard, I had to sit down. As I bawled into my hands, I realized that that massage had been my first physical contact with another person in almost three months.

-Walt Williams. Significant Zero. pp. 235(日本語訳は筆者による・一部中略)

ゲーム開発者がゲーム開発について記した本ですが、ノウハウや技術の本ではありません。ゲームを作るために残業し続けた末に心も体も壊れて、孤独感のあまりに泣き崩れる。そんな無惨な話が詰まっている本です。

ゲーム開発はやはり辛い! じゃあ、やめればいいですか? そうではありません。続いて、もう一節を抜粋。

私がゲームのストーリーを書くのは、他人になりたいからだ。キャラクターに成り切れば自身の心配と不安を一時忘れられる。こういう欠陥は我々を人間たらしめる。ゲームの新鮮味を保つためには、この人間らしさを受け入れねばならない。ありったけのプライドと嫉妬と不安を作品に詰め込み、真っ直ぐな感情でプレイヤーを噎せさせるのだ。

I write games because I want to be someone else. When I work, I can inhabit a character and forget all about my fears and insecurities. These flaws make us humyan. To keep games fresh and feeling new, we need to embrace that humanity, to pour every ounce of pride, jealousy, and insecurity into our work, to choke the player with honesty until they’re gagging for breath.

-Walt Williams. Significant Zero. pp. 287(日本語訳は筆者による)

この本の著者、Walt Williams氏はゲーム制作に打ち込むことで不安から逃れようとしますが、仕事に没頭するあまり私生活と健康を犠牲にしてしまいます。しかし働き過ぎと自覚していながら、やはりゲーム制作から手を引くことはできない。人間はかくも矛盾と欠陥だらけの生き物です。ですが、それでいいのです。

ゲーム制作は辛いですが、そういった不安や苦悩、矛盾と欠陥は我々が人間だからこそ感じられるものであり、ゲーム制作において、この人間らしさは大切です。なぜかというと、ゲームは人間を描くものだからです。負の感情を曝け出して、ゲーム制作に活かすべきだと氏は主張しています。

ゲーム開発において、技術とノウハウはもちろん大事です。ですが、技術とノウハウだけではゲームは作れません。ゲームクリエイターには、技術の話だけではなく、自分の夢と苦悩をもぜひ聞かせてほしい。

「SigZero」のハードカバー版とKindle版は、日本のアマゾンでも手頃な価格で販売中です。ゲームクリエイターの皆さん、是非とも手に取ってみてください!


Walt Williams氏はゲームクリエイターとして、自分の歪な内心と醜態をありのままに曝け出してくれました。「不透明」「秘密が多い」と言われるゲーム業界において、Walt Williams氏の著書は実に際立つものです。

Walt Williams氏の代表作といえば、2012年発売の『Spec Ops:The Line』。ゲーム文化に衝撃を与えた傑作と言っても過言ではないでしょう。そのシナリオライターを務めた氏は、本作の開発風景と本作に込めた思いを「SigZero」で披露してくれています。本書を読む前にまず『Spec Ops:The Line』をプレイしておくのがベスト。「SigZero」には、Walt Williams氏のシナリオライターとしての考え方と働き方が記されていますので、ゲームのストーリー制作に興味のある方であれば、より一層読み甲斐があるでしょう。

プロのシナリオライターの書いた本ですから、当然ながら文章がうまい。ユーモアと皮肉と自虐と辛辣さと誠実さと荒々しさが混ざり合って、楽しくサクサク読めます。これほど痛快なゲーム書籍は、Tom Bissell氏とCara Ellison氏以来です。本書の抜粋はゲームメディアにも掲載されていますので、それを読めばWalt Williams氏の文章の魅力が実感できるでしょう。

僕が前回のブログ記事で紹介した「Embed with Games: A Year on the Couch with Game Developers」は、インディーゲームクリエイターたちの生態と思想を記録しています。それに対して、「SigZero」は大手ゲーム会社で生き抜くゲーム開発者の生き様が描かれました。ゲームクリエイターを目指す学生さん・ゲーム制作についてもっと知りたいゲームファンには、この二冊の名著を最大の誠意をもってオススメしたい。

新人として働いたこの一年間。仕事に対して迷いや苛立ちを覚えて、落ち込む時期もありました。その時に「SigZero」に出会いました。僕よりも遥かに過酷な苦難を耐え抜いて、自分の苦痛と理想を真摯に語ってくれたWalt Williams氏に、僕は心を救われた思いです。

ゲーム開発は辛い。やりたくない仕事もやらされる。自分の意見が評価されないこともある。努力して作ったものが水泡に帰すこともある。もしかすると、クリエイティブを行う業界に共通する苦しみかもしれない。どう頑張ってもゲームが面白くならない時期もあり、ゲーム作りは苦労と理不尽に満ちている。ですが、ゲーム開発は悪いことばかりではありません。モノづくりを通じて、自分の感情を表現できます。ゲームを通して、プレイヤーに問いかけたり、考えさせたりすることができます。新しい視点を得ることで、今までつまらないと思っていたモノに面白さを見出せる時もあります。

ビデオゲームには他のメディアにない魅力があります。遊び方も体裁も千変万化であるビデオゲームには、無限の可能性が秘められています。苦労と艱難を覚悟してもなおゲーム作りを志すなら、ぜひプラチナゲームズに応募してみてください。





chu朱 晉賢 CHU Chun Yin
香港出身、2016年10月入社したゲームプログラマー。社内ライトニングトークという名目で、ゲーム関連の書籍・講演・評論記事の布教活動を推進中。

過去記事:
Embed with PlatinumGames  ~プラチナゲームズと共に過ごした一年間~