はじめまして!『ASTRAL CHAIN(アストラルチェイン)』のローカライズ担当、ジョン・ニールと申します。
2015年にプラチナゲームズに入社してからローカライザーとしていろいろなタイトルに関わってきましたが、『ASTRAL CHAIN』では初めてローカライズリードを務めさせていただきました。

早速ですが、“ローカライズ担当”とは「翻訳者」ということでしょうか? もちろんシナリオやメニューなどの翻訳作業が仕事の大部分ですが、それだけではありません。プラチナゲームズでは、必要に応じて社内のローカライズチームが開発チームの他のメンバーと直接やり取りをします。その目的は“開発スタッフのビジョンを世界中のユーザーに正確に伝える”ために必要なことだからです。

今回は、ゲーム中の“とある人気キャラクター”を一例としてローカライズ過程の一部を紹介させていただきます!

 
 

世界のラッピーくん

『ASTRAL CHAIN』の発売日からしばらくの間、僕はネット上で海外のユーザーの感想を追っていました。その感想を日本の開発チームと共有できるようにまとめていると、1つの大きなポイントに気づきました:どの国でも、どの言語でも、ラッピーが大人気!
シナリオ全体から言えば、ネウロンのマスコットであるこの愉快なゆるキャラは比較的脇役なのですが、それでも彼は本作の遊び心の典型だと言っても過言ではないでしょう。

もちろん、日本人の方はラッピーのようなゆるキャラは見慣れていますね。(ちなみに僕の好きなゆるキャラは、僕のかつての住まい滋賀県彦根市の「ひこにゃん」です。)

さすがアーク警察庁、ラッピーグッズも発売しています。

しかしゆるキャラを見慣れていない海外の方の観点から見ると、会社や街のシンボルが可愛いキャラだと、ちょっと違和感があります。まして警察のそれがゆるキャラだと、なおさら変に思われるはずです! ローカライズを行っていた当時、僕はそう考えました。

でも日本のマスコット文化を知らない海外ユーザーの混乱を避けるためだけにラッピーのデザインを根本的に変更するのは非常にもったいない。ローカライズから見た問題点は、「どうすればラッピーのユーモアや魅力を守りつつ国際化できるか」でした。

日本語版のボイスでは、ネウロンの庶務担当のマリーは裏声で「~だっぴー」という語尾をつけることでラッピーになりきります。

ラッピーの日本語ボイス:その1

ラッピーの日本語ボイス:その2

こういった特徴的な語尾を付ける手法は日本のアニメやゲームなどでよく用いられますが、同じような語尾を英文でも使おうとしたらかなり不自然になってしまいます! このラッピーっぽさを英語版でも正しく伝えるために、他の方法を検討する必要がありました。
その結果、ラッピーを他のキャラクターよりもかなり元気に喋るようにしました。更にそれだけでも物足りなさを感じ、警察犬という設定を踏まえて主人公をPartner(相棒)と呼ぶ癖も付けました。

そしてセリフに犬のダジャレを散りばめました。
上記の画像のセリフを直訳すると、「ブレンダさんはもしかして、ボクのこと何かの実験に……いやだ、僕は実験用のネズミ(lab rat)じゃなくて、ラブラドール(labrador)だよ!」

ラッピーの英語ボイスに関しては、「マリーと同じ声だと分かるけれど、マリーの通常の声に似すぎない」というのが最重要ポイントでした。マリーとラッピーの英語声優(カサンドラ・リー・モリスさん)にはラッピーであることを隠しきれない演技が下手なマリーを演じてもらいました。これはかなりの難易度だったと思います!

英語圏の人は英語版ラッピーの声を聞くとアメリカ南部の訛りだと思うはずなのですが、英語の台本では特に訛りは指定していませんでした。ボイス収録の際に声優のモリスさんがいろいろな喋り方で演じてみてくださり、最終的にアメリカ南部の訛りに決まりました。大当たりっぴー!

ラッピーの英語版の声と日本語版の声とを聞き比べていただけるように、先ほどのボイスの英語版も紹介しましょう!

 
「試しにちょっとやってみるっぴ?」

“So whaddya say, partner? Ready to learn a few new tricks?”

 
「じゃ、ボクは行くっぴ。またあとで連絡するから、トレーニング頑張るっぴよ!」

“Welp, ol’ Lappy’ll be back in a jiff, partner! Enjoy your training!”

 
いかがでしょうか? ラッピーを再現するアプローチは各言語によってかなり異なりますが、キャラクターは変わりません。フレンドリーで元気、熱心で憎めない、そして少しだけウザい。どの言語でも、それはラッピー!

ローカライズ担当としては当初、ラッピーのキャラクターは日本とは違って海外からは不自然な設定と思われる懸念もありましたが、そんな不安をよそに世界中のユーザーから愛される結果となり、大変嬉しく思います!

 
 

国際的な町並み

おまけにもう一点! ここまで主に英語版だけに関して書いてきましたが、『ASTRAL CHAIN』は合計10か国語でプレイ可能です! もちろんこれはひとえにアジアとヨーロッパの翻訳者の協力やコミュニケーションのお陰です。

設定メニューで選ばれた言語はアークの共通語になりますが、街の景観を見てみるとアーク国民はいろいろな言語を話すことが分かるはずです。どこを見ても日本語と英語のみならず、中国語、韓国語、ロシア語、アラビア語などの看板や広告が溢れる街並みとなっています。

この看板などに表示される英語テキストは、基本的にローカライズチームとエンバイロメントアーティストとの話し合いで決まりましたが、その他の言語の表現に関してはそれぞれのネイティブに手伝ってもらう必要がありました! しかしラッキーなことにプラチナゲームズには17か国(2019年9月時点)から来たスタッフがいるので、いくつかの言語は同じ開発フロアの中でネイティブにチェックしてもらうことができましたし、すぐに確認できなかった言語に関しても、有り難いことに任天堂ヨーロッパの翻訳者の方達からフィードバックと指導をいただけました。その結果、ゲーム内のアークに住む人々と、ゲームの外でゲームに関わった全開発スタッフの両方の国際的なルーツを表す見ごたえのある背景を作ることができました。





johnジョン・ニール John Neal
2015年にローカライザーとしてプラチナゲームズに入社。『NieR:Automata』、『TRANSFORMERS: Devastation』などではローカライズサポートを担当。『ASTRAL CHAIN』ではローカライズリードとしてシナリオ英訳や英語音声収録の監修などに携わった。