NieR:Automata』は、異星人の侵略によって人類が月へと追われて荒廃した地球を舞台に、地球を取り戻すべく人類側が製造した「アンドロイド」と、異星人が製造した兵器「機械生命体」との戦いを描いたアクションRPGです。

基本的なアクション部分は後方カメラの三人称視点ですが、ステージによってはトップビューからサイドビューに変化したり、ゲーム性もサウンドノベルタイプやシューティングに変化したりと、アクションだけにとどまらない多岐にわたるゲーム性が特徴です。

制作チームが最初に取り組んだのが、舞台となる荒廃した地球の表現です。人類がいなくなって高層ビル群が廃墟化し、そこに植物が生い茂るという、廃墟と大自然のコントラストをいかに表現するかが課題でした。加えて、オーディオについては、フィールドで足を止めてその雰囲気を味わってもらえるように、「没入感」を出すことに重点を置いて制作を進めました。

さらにアクション部分では、以下に代表されるようなカメラアングルの変化への対応、数多く配置されるオブジェクトの発音などの「制御」が課題となりました。

サイドビュー

トップビュー

シューティングビュー

ハッキングゲームビュー

オーディオチームが本作でどのようなWwise実装を行ったか、ひとつずつ解説していきたいと思います。




1. 没入感を高めるための音響空間表現

音響空間表現とは、リバーブやオクルージョン、3D オーディオエフェクトなどを指しています。これらは、グラフィクスにおけるシェーディングにあたる部分で、音響に現実味を与え、没入感や臨場感を高めるためのものです。また、共通の雰囲気付けを行うことで、サウンド全体を馴染ませる役割も果たしています。

先ずは、今回我々が新しいアプローチで取り組んだ3D オーディオエフェクトとインタラクティブリバーブについてご紹介したいと思います。


【1】3Dオーディオエフェクト

3Dオーディオについては、「再生環境に依存しないエフェクトを作る」というコンセプトでスタートしました。『NieR:Automata』 は VR やヘッドホン推奨といった特徴を持ったゲームではないため、普通のステレオスピーカー環境においても、立体感を感じられるような表現を実現する必要があったからです。また、サウンドデザインし易いよう原音を損なわないことも重視しました。

特に、正面から聞こえる音をデザインした通りに鳴らすことは、バランス調整をする上で重要なことです。ただし、殆どの音にエフェクトを適用できるようにしたかったので、処理負荷を低く保つことが大前提でした。数音にしか適用できないものになってしまうと、プレイヤーに音に囲まれた臨場感を体験してもらうことができないからです。

これらのコンセプトは、社内のサウンドデザイナーとサウンドプログラマーがディスカッションを重ねながら作られていったものです。


・Simple3D Plug-in

先ほどのコンセプトを元に、3D オーディオエフェクト「Simple3D Plug-in」をゲームに実装しました。こちらは、Simple 3D の DSPです。

Simple 3D DSP Diagram

Simple という名の通り、とても単純な処理の構成になっています。音源の方角によって、各経路の音量とバンドパスフィルターのパラメーターを可変させて、『方角の感じ』を作り出すしくみです。

上の 3つの経路はそれぞれ、4kHz の LPF と 500Hz の LPF を両方通る経路、4kHz の LPF だけを通る経路、Input がそのまま通る経路になっていて、それらのボリューム比率を変えることによって高域と低域の上げ下げを行うことができるようになっています。

一番下の経路は、音源が後ろに回った時など、周波数の移り変わりを表現するための経路で、高域と低域の上げ下げ以外に効果が高そうな要素を探した結果、この周波数可変のバンドパスフィルターにたどり着きました。

続いて、先ほどの DSP の設計や係数の調整を行っていくために取った方法をご紹介したいと思います。このエフェクトの特徴をよく表していると思います。

Subjective EQ

図にあるように、一方のスピーカーはプレイヤーキャラの正面に固定し、もう一方は任意の方角に配置できるようにしました。両方から交互にピンクノイズを再生するのですが、正面の方には EQ を適用しています。

その後は、ピンクノイズを聴き比べて、主観で同じような音がしていると感じるまで EQ を調整します。全ての方角で同様の操作を行って、方角毎の EQ パラメータを記録し、そのパラメータを元に、エフェクトを設計しました。

このように感覚的な調整方法をとることで、変化の違いを感じやすく、HRTFの係数とは違う変化を出すことに成功しました。



【2】インタラクティブリバーブ

音響空間表現の 2 つ目の話題は、インタラクティブリバーブについてです。



・Raycastシステム

こちらは周囲の地形を自動認識し、状況に応じた反響を作り出したいという考えで作り始めましたが、将来的にはそれに限らず全てのパラメータが連続的に変化するようにしたいという展望も持っていました。ゲームならではのインタラクティブ性を最大限生かし、折角自動でやるのなら手動では難しいことにも挑戦したかったからです。地形の材質なども加味して、方角によって異なる反射強度や時間、音質の違いを再現し、地形変化にリアルタイムに対応することを目標にしました。

地形判定についてはレイキャストを使いました。1フレームに数本、ランダム方角にレイキャストを行い、衝突点を寿命付きで記録します。得られている衝突点群とプレイヤー位置から、方角毎の距離や反響の強さ、フィルターの強さを算出する仕組みです。本作は秒間60フレームで動作するので、1フレームに8本、1秒間に480本のレイキャストを行っていました。

次の2つの画像はレイキャストの様子を可視化したもので、衝突点を緑の点で表示しています。1枚目の画像が狭い空間、2枚目が比較的広い空間で、それぞれの違いが見て取れるかと思います。各画像の右下にある図が空間の広さを表しています。



・K-verb Plug-in 

レイキャストから取得した地形情報に応じてパラメーターを設定し、リバーブを鳴らすという構成になったのですが、それに対応するリバーブPlug-inも新たに設計することになりました。試作を重ねるうち、リスナーの向きに追従するのではなく、しっかりとその場に残る反響を表現することで説得力が増すことが分かり、その表現にもこだわって設計しています。

Simple 3D Plug-inやRaycastシステムは、正確なシミュレーションを行うということよりも、心地よく、 変化を楽しめる音を作ることに注力しており、エフェクターPlug-inに限らず、サウンドデザインのアイディアにおいてもそれを意識しました。また、これらのPlug-inを用いて処理負荷を最低限に抑えることも重要な課題でした。

ちなみに“K-verb” というのはこのエフェクトを制作したオーディオプログラマーの木幡のイニシャルのKを取って仮にそう呼んでいたのですが、名前の響きも良く、名づけ親の進藤がお気に入りだったのでそのまま定着しました。

K-verbのDSP の特徴的な部分をご紹介させていただきたいと思います。

“K-verb” DSP Diagram

左側の Input がドライ成分用、AUX がウェット成分用のミックスになっています。AUX はリスナーから見た 5chで、それを絶対的な水平 8 方角ごとの 8ch にミックスしなおしています。

中心のループ部分がリバーブの本体で、各方角の衝突点から算出したパラメーターによってディレイ長、レベル、フィルター強度が決定されます。それだけだと、ディレイ感が強く出てしまうので、オールパスフィルターと各方角のクロスフィードによってリバーブ感を出しています。その後は、作られたリバーブ音をリスナーからみた 4ch に戻し、メインの Output にミックスしています。

【後編】へ続く>>

Audiokinetic Blogより転載





shindo進藤美咲 Misaki Shindo
バンドでのインディーズ活動や、楽器販売店での勤務を経て、2008年にサウンドデザイナーとしてプラチナゲームズに入社。最新作『NieR:Automata』では、リードサウンドデザイナーとして、SE制作、Wwise実装、SE全体のシステム構築を担当。



kohata木幡周治 Shuji Kohata
電子楽器の開発会社を経て2013年にプラチナゲームズへ。オーディオプログラマーとして、サウンド表現の技術面を支えている。『NieR:Automata』では、システムの整備やオーディオエフェクト(音響効果)の実装を担当。“新しい感触のサウンド表現の研究とゲームへの反映”を目標に、日々関連技術の研鑽に努めている。